どうもどうもこんばんは。33女です。
今日は早々に酔っています。
ということでタイトルの件。
ですが。
一昨日おばけの類を一切信じていない、という記事を書きまして。確かに信じてはいない。けど、わたし自身いないということを証明出来るわけじゃない。
もしかしたらいま、死後の世界の住人がわたしの肩越しにこのブログを見て。
そんな寂しいこと言うなよぉ。世界もあるし住人もいるっつうの。
と発していると考えたら申し訳ない気持ちになったので。死後の世界があったらこんな感じかなあ、ということを書いていきます。
これを考えるにあたって、まずは輪廻転生の設定。これがアリかナシか。
いやこれはもうアリにしとかないと。死後の世界がみっちみち。軍艦島の比じゃないわ。
増え続ける人口(霊)の均衡を保つため、死後何年か経ったら転生設定ってことにして。そうなると死後の世界は転生までの待機場所みたいな位置づけになるね。
じゃあいまわたしが死んで。体の処理とか諸々終わって。死後の世界にほたり出されると。始まるのは49日後、にしとこうか。
まず目覚め。たぶん宙に浮いてる。そこでハッと目が開く。
ベッドから起き上がるスタートでもいいかと思ったけど。それだと自分が死んだことに気付かない人、結構いそうだよなあと思ったので。
それを分かりやすくするために浮遊スタートにします。さすがに浮いてりゃ自分が幽霊って気付くでしょう。
最初はね。え、ああ、そっか。死んだんだっけね、と。
とりあえず実家に行くよね。んで何日間か過ごすよね。
したらまあ。何日間かのどっかで、親がね。仏壇に向かって、おそらくわたしのことを思いながら泣いてるわけ。
それ見たらさ、触れられないけど。きっと抱きしめてわたしも泣くよね。先にしんでごめんなさい、って。
でそんなのを何回か繰り返して霊生活にも慣れてきて。ちょっと遠出なんかしたくなるわけ。親泣いてんのに。
だって空飛べるからさ。わたしの世代だと舞空術に憧れないわけないじゃん??そんでやっぱりね、みんな意外と満喫してんの。じゃあ、わたしもって。
触れられないけど、親の肩トントンってして。
ちょっとモンサンミッシェル行ってオーロラ見てくる。
つって旅に出るよね。だからやっぱりね、お墓にはいないわけ。そこで泣かないでほしいわけ。
ほいで帰ってきてね。次はウユニ塩湖とマチュピチュかなーなんつって予定を考えるよね。そうやって世界旅行を楽しみつつ、旅先で日本人の友達(霊)とか出来ちゃったりして。
そうこうしてたら親が泣く回数も減ってきて。
わたしのね、転生の順番が来るわけです。あーそうだった。そんな理由でここにいるんだった、と。
そっか、転生か。いまあるわたしの記憶。なくなってしまうのか。それとも魂とでもいうべきものに、わたしも、その前も、これからも。ずっと堆積していくのだろうか。
話したい人と話せなくなって。触れたい人に触れられなくなって、触れてもらえなくなって。寂しかったけど。現世の記憶があったから、何とかいまこの時までやってこれたな。
いろいろと。ほんとにいろいろと思うところはあるけれど。
やっぱりわたしはわたしに関わってくれた人たちに、感謝しかない。とかそんなことを考えながら周りを見ると。
同じように転生中で、同じように涙を流してる人(霊)がいて。
それを見たわたしは、
そうか、こちらの世界を涙を流しながら終えて。そして、現世のどこかに生まれ落ちる。
だから人は、泣きながら生まれてくるんだね…
なんて考えていたらもう胸が詰まってきました。
とりあえず言えることは、出来得る限り親より後にしぬ。ということです。
でその後すきな人に看取られたい。
なんてことは与太話だとしても10個さんには言えません。看取ってくれって重すぎるわ!10個さんもびっくりするわ!
なのでまだしばらくはしなないように、わたしは頑張りたいと思います。
ほいじゃあ、またね!