33歳で5年半付き合った恋人に振られて頭がおかしくなった女。の、ブログ

33歳で5年半付き合った恋人に振られて頭がおかしくなった女のブログです。

191 あの日と、命が終わる瞬間と。

どうもどうもこんばんは。33女です。

 

 

 

 

 

 

ここ数日頭痛がありまして。

天気悪かったり、仕事もパソコン見てるしね。仕方ないっちゃあ仕方ないのですが。あまり薬飲みたくないんですよねえ…。

 

 

ところで鬼滅のオープニング?いい曲ですね。LiSAさんが歌う紅蓮華という曲のようですが。

わたしの声域的に歌いやすいと思うので。ぜひとも覚えたいところです。

話し声は低い方だと思うのですが、歌う時の声域はまた違うものですからね。

 

 

 

 

 

 

 

ではタイトルの件。

 

昨日、3月11日。ほとんどの方が同じ出来事を思い出していたのではないでしょうか。

 

みなさんあの日あの時何してたか覚えてますか?わたしは仕事中、と言うか休憩中でした。以前の職場で。

 

その日遅番のシフトだったので、あの時間にもちゃもちゃご飯を食べ終え。一息ついたところで背面にあたるお店から聞こえてくる会話。

おそらくお店の方とお客さんだと思うのですが。

 

何か東北?の方で大きい地震あったらしいよ。

 

えーそうなの?こわいねー。

 

みたいな。そんな会話。

 

 

へー。と思ったわたしは当時ワンセグ携帯だったので。ぽちぽちテレビ画面を起動。

流れてくる映像に絶句し、休憩スペースから出て早番の人にちょいちょいこれ見て!と画面を見せていました。

 

少ししておかあさん(休み)から津波気をつけなね、なんてメールが入り。

ちょっと海が近めで海抜が低いところの職場だったので。

 

ええ?いやいやまさかね、とは思いつつも。さっき見た映像を思い浮かべるとそうも言えないな、と考え直し。わかったありがとね、なんて返事をしました。

 

 

その数年後、こちら九州でも熊本大分地震があり。わたしの実家でも震度6ぐらいの揺れが起こり。その頃は5年半の方と同棲してたから実家にはいなかったんだけどね。

 

同棲中の家でも、お揃いのグラスやら茶碗やらが落ちてくるわ。鯖子さんがそっちに行きそうになって大声出して止めたりするわ。やっぱり大変でした。

寝ようにも地震のアラームが鳴って寝れないし。もしもの時には絶対鯖子さんを連れて逃げたいし。ゲージを準備して、5年半の方と役割分担を決めたりしていました。

 

 

ただ東日本大震災との決定的な違いは津波

 

何もかもが流されていく様を。悲しそうな、心が痛くなるような表情で見ていることしか出来なかった人たちの顔。今でも覚えてます。あのおっちゃんどうしてるのかな。

 

 

そして東日本大震災の翌日。

 

飼ってたわんこさんがしんじゃいまして。

先日書きました、相田くんの上にあたるわんこさんです。(血の繋がりはないけど。)

 

もうおじいちゃんだったからね。足は立たなくなって寝たきりで。

だからその日休みだったわたしの部屋で一緒にいたんですけど。

 

ひたすら流れてくる震災の映像を口を開けながら眺めていた時。

鳴き声とも言えないような声がし。わんこさんを覗き込むと。

 

目が落ち窪んで、明らかに呼吸がおかしい。

 

これやばい。と瞬間的に思い。外出中だった家族に急いで連絡。

 

少しずつ呼吸が弱くなっていくわんこさんを見ていたら。その子が初めてうちに来た日のことなんかが浮かんできて。

ぼろっぼろ涙出ました。もう目と同じ幅の涙出てんじゃない?ってぐらい。

 

おかあさんも兄ちゃんも(今更ですがわたしお兄ちゃんいます。)、いま帰ってきてるから!それまで頑張れ!(おとうさんは無理だった。)

 

 

て言おうとしたのですが。

 

もう十分頑張った、頑張ってるのに。これ以上何を頑張れと言うんだよ、と思って。

 

よう頑張ったなあ。偉いなあ。お疲れ様。と撫でることしか出来ませんでした。

 

そうしてる内に呼吸の間隔があいてきて。

 

ふ、とした時に。次の呼吸をしなくなりました。

 

 

それまでにも、人だったり動物だったり。死に触れたことはあったけど。

まさしく命が終わる瞬間。それを目の当たりにしたのは初めてでした。

 

 

少しして兄ちゃんが息切らしながら帰ってきて。その後おかあさんも帰ってきて。

 

 

 

おかあさんがね、

 

なんなん、一番面倒見たの誰と思ってんの。何でわたしがおる時に死なんの。

 

なんて泣きながら言うので。

 

 

やっぱり、看取られるなら若い方がいいってさ。(オス)

 

とわたしも泣きながら返しておきました。

 

 

 

もちろんすごく悲しかったんだけど。老衰だったんだよね。それって死に方としては、結構しあわせだと思うんです。

 

 

 

 

あの日終わるつもりなんてなかった、たくさんの人たちの命が終わってしまって。

本人だけじゃなく、周りの人たちもすごく大変で、悲しくて。

 

 

震災からしばらく経って。

わたしの職場にはいなかったけど、友達の職場にね、被災地から来た人がいて。震災の影響で引っ越してきたんだよね。

 

きっとそんな風に生活が変わって、変えざるをえなかった人がたくさんいて。

だから一瞬想像しただけでも。何を書いたらいいのか分からなくなる。

軽々しく言えることじゃないのも分かってるけど。

 

一日でも、少しでも。笑える日が多くあればいいな、と思っています。

 

 

 

ほいじゃあ、またね。