どうもどうもこんばんは。33女です。
眠い…今日も今日とてこんな時間。休みの日はすーぐ生活リズムが崩れてしまいます。ただの自堕落ですね。
ではタイトルの件。
先に言っておきますが。
隣県さんをいただいた、とかそんなんじゃないからね。その期待はちょっと別のとこにぶつけてもらうとして。
今日書きたいのは至って普通の意味のいただきます。みなさんご飯の前に言いますよね。
じゃあそれ、どういう意味で言ってる?
命をいただいたことへの感謝
作ってくれた人への感謝
おおむねそんな感じの理由が浮かんだと思うのですが。
わたしこの、命をいただいたことへの感謝、が腑に落ちません。
朝の通勤時、たまーーに見かけるんです。トラックに載せられたドナドナ達。
自分の行く末を知ってか知らずか。何だか寂しそうな、悲しそうな目。
なんて考えるのも、わたしが傲慢な人間だからかな。
信号待ちで牛さんたちとしばし見つめ合う、みたいな状況だと何だかいろいろ考えてしまいます。この子たちってあと数時間後には…って。
じゃあ何だよ、命もらったんだからありがとういただきますでいいじゃん。そう思うかもしれません。
でもさあ…
殺されたからって、食べられたい?
わたしいやです。例え食べられるために産まれ、育てられ、殺されたとしても。
だってそんなの作り出した側の勝手な理屈だもん。そっちが食べたいがためにそうしておいて。
それで命をいただいた、って。殺されるだけでも腹立つのに、せっかくいただいた命、無駄にしないようにちゃんと食べようね、って。知るか。わたしを食べるな。
んじゃあね、例えば。
あなたが山歩いてて。熊に遭遇するわけ。
熊からしたらあなたという人間って、なかなかに食いごたえのある肉量だと思う。いい食料だよね。
そんで不幸なことにあなたが熊にノックアウトされて。その後。
でもせっかくの命だから全部食べてね。
て思う?
わたしは引き続き、絶対いや。
人間は亡骸だって大事にするし、生き物として違い過ぎるものを比べらんない。それも分かる。でも今回で言えば牛さん、そっちサイドからしたらやっぱりそれも知るか、って話。
だからわたしがいただきますを言う時。それは純粋に作ってくれた人。細かく言うなら、目の前にあるご飯を作るために携わった人。その人たちに対しての、いただきます。決して命を「捧げてくれた」生物に対してじゃあない。
でもその生物に対して何も思わないわけではありません。
いただきます、とは思わない。
けど、ごめんなさい、とは思います。
人間の体を維持するためなら、命を奪わなくても何とかなるかもしれない。
でも維持するのに動物のお肉は効率がよかったり、単純に美味しかったり。そうやって、生物を食べる。もんのすごく、勝手な理由で。
でもわたし、焼き肉だいすき。ていうか、お肉だいすき。先日のとんかつもすごく美味しかった。この先一生、ベジタリアンなんてなれる気もしないし、なるつもりもない。
ドナドナさんたちと遭遇した時は、いつも脳内で会話を飛ばします。
何が何だか分かんないよね。わたしはきみたちがどんな理由で、この後どうなるか。何となく知ってるけど。
いただきます、なんてね。こっちの勝手だよね。ふざけんな、って思ってるかもね。
だからただただ、ごめんなさい。そして今日も明日も、いただきます。
そんななので基本的にご飯を残すのってあまり好きでは無いのですが。
先日仕事帰り。
つまみに手羽唐と。次の日の朝ごはんに、とビビンバを買ったのですが。
昔ならペロリ、なそれが食べきれなくて大層ショックでしたとさ…。
ほいじゃあ、またね!
↓よかったらぽちりんこ。↓(これが…老化…。)